東京地方裁判所 平成5年(ワ)24179号 判決 1996年6月21日
原告
工藤幸雄
右訴訟代理人弁護士
寺前隆
同
清水三郎
被告
南進興産株式会社
右代表者代表取締役
安田敬子
右訴訟代理人弁護士
谷口欣一
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の請求
一 被告は原告に対し、別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という)を収去して同目録一記載の土地(以下「本件土地」という)を明渡せ。
二 被告は原告に対し、本件土地になされた別紙登記目録記載の法定地上権設定仮登記(以下「本件仮登記」という)につき、平成五年九月三日解除を原因とする抹消登記手続をせよ。
三 被告は原告に対し、一八一〇万四二九七円及びこれに対する訴状送達日(平成六年一月六日)から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。
四 被告は原告に対し、平成五年一二月一八日から第一項の明渡済みまで一日七五〇〇円の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、本件土地の所有者である原告が、被告の有する本件土地についての法定地上権につき、その地代の支払を理由とする地上権消滅の請求をするのに対し、被告は、地主たる原告が当初所在不明であったことから地代を支払うことができなかったものであり、その後は地代を供託しているから、地上権の消滅原因はないうえ、民法三八八条但書所定の地代に関する協議又はこれに代わる裁判所の決定がされないうちに法定地上権の消滅請求をすることはできない旨主張して、全面的に争う。
一 争いのない事実
1 原告は、本件土地の所有者であり、同土地上の本件建物をもと所有していた。
2 原告は、訴外多摩中央信用金庫に対し本件建物に抵当権を設定していたところ、同金庫によって抵当権の実行としての競売が行われ、昭和六三年一月一九日、訴外株式会社住建ハウジングが本件建物を競落したことにより、本件土地上に同会社のため法定地上権が設定された。
なお、右訴外会社は、本件土地につき、昭和六三年一月一九日設定を原因とする東京法務局田無出張所同年二月二二日受付第七〇二八号地上権設定仮登記、並びに同年一月一九日法定地上権設定を原因とする同法務局同出張所同年三月七日受付第九三四〇号更正登記(本件仮登記)を経由した。
3 被告は、同年三月一八日、右訴外会社から、本件建物を右の法定地上権とともに買受け、同法務局同出張所同月一九日受付第一一七一九号仮登記地上権移転の仮登記を経由した。
4 被告は、同年三月一八日以降、本件建物を所有して、本件土地を占有している。
二 本件の争点
(原告の主張)
1 被告の法定地上権の消滅原因
(1) 被告は、本件建物の所有権を取得して以来、原告に対し本件土地の地代を一切支払わない。
(2) 原告は、平成四年七月二四日付内容証明郵便(同月二七日到達)をもって被告に対し地代額等の協議を申し入れ、同年八月一四日付内容証明郵便(同月一七日到達)により地代支払を催告したものの、いずれも被告からの回答はなく、更に、平成五年五月一一日付内容証明郵便においては具体的地代額をも提示の上協議を申し入れたが、被告からの地代額等の申入はなく、その後も地代支払を怠ってきた。
(3) そこで原告は、平成五年八月五日付催告書(同月六日到達)をもって、被告に対し、二週間以内に地代を支払うよう催告をしたが、被告からの地代の支払や地代額の提示はなかった。
2 原告は、平成五年九月二日付内容証明郵便をもって、被告に対し、昭和六三年三月一八日以降の地代不払、地代額等に関する協議の拒否等を理由に本件土地上の地上権の消滅請求をし、同郵便は翌三日被告方に到達した。
3 本件土地の適正地代額は一日当り七五〇〇円である。
4 よって、原告は、被告に対し、地上権消滅請求に基づき、本件建物の収去及び本件土地の明渡、地上権消滅を原因とする本件仮登記の抹消登記手続を求め、更に、昭和六三年三月一八日以降平成五年一二月一七日までの未払地代額の一部として一八一〇万四二九七円、平成五年一二月一八日以降本件建物収去及び本件土地明渡済みまでの地代相当損害金として一日七五〇〇円の割合による金員の支払を求める。
(被告の主張)
1 原告主張の各内容証明郵便が被告に到達したことは認めるが、本件の法定地上権に消滅原因はない。すなわち
(1) 被告は、当初から地代支払意思を有していたが、原告が住所を転々とし、被告が手を尽くしてもその所在が不明だったため、その支払ができなかった。
(2) 原告の所在が平成四年七月に判明した後も地代を支払わなかったのは、原被告間で地代額の交渉を始めたものの、原告の請求額が過大なため合意に至らず、被告としては、裁判所による地代額決定を待つべきと考えたためである。
(3) 被告は、その後、地代を供託している。
2(1) 地代は、土地賃貸借契約にあっては契約の要素であるが、地上権については契約の要素ではなく、地上権は地代の定めがなくとも、又は地代が無償であっても有効に成立する。
法定地上権の場合も、法律上、地上権の成立と同時に地代が定められるわけではなく、地上権設定者が地代を不必要とするのであればそれで足りる。地上権設定者が地代を必要とするのであれば、地上権者と協議し、地上権者が協議に応じなかった場合又は地代が合意に達しなかった場合は、裁判所に地代額確定の請求をすべきである。
(2) 法定地上権制度は競売による建物取得者及び建物保護目的のため法が強制的に地上権を設定する制度であり、その社会的、経済的、法律的重要性に鑑み、法文の適用に当たっては、可能な限り地上権者に有利に解釈すべきである。
右立法精神に照らすと、地上権設定者が、裁判所による地代額の確定という手続を欠いたまま、地上権者の地代不払ないし地代協定の申入に対する不協力による信義則違反を唱えて地上権消滅を主張することは許されない。特に本件においては、被告は本件建物を競売価格に一〇〇〇万円を上乗せした五九〇〇万円で購入し、さらに改造費も支出しているものであって、法定地上権の右のような制度的な目的にも照らし、原告の本訴請求は失当である。
(原告の反論)
1 被告の主張1のうち、被告が地代支払意思を有していたこと、原告の所在調査に手を尽くしたこと、原告の所在不明のため支払ができなかったことは否認する。
原告は、被告の本件建物及び法定地上権取得後、被告代表者に対し、電話で数回に渡り地代額の協議申入及び地代支払請求を行ったが、同人は、「本人か否か分からない。」「本件建物の買受けに多額の金員を投じたので地代支払意思はない。」等といった回答を繰り返しており、被告は、当初から地代支払意思を全く有していなかった。
また、原告は右連絡に際し、原告の連絡先も伝えていたものであり、これに対し、被告は、原告が地上権消滅請求を通知するまでの間、一切具体的な地代額を提示したことはない。
2 法定地上権の地代確定訴訟は、借地借家法一一条の地代増額請求訴訟と共通面が多々存する。
判決が遡及効を有する地代増額請求訴訟において、借主が改定地代不払による債務不履行責任及びこれを原因とする契約解除という不利益を免れるためには、最低限「相当と認める地代」の支払を必要とし、一方、右相当な地代額を供託をしていれば、おおむね地代不払の債務不履行はないものとされていた。
もっとも、たとえ借主が右相当な地代額を供託をしている場合であっても、そもそも借主に適正な賃料を支払う意思が欠如しているときなど諸般の事情から借主側の原因で信頼関係に破綻が存するような場合は、地代支払の債務不履行に基づく契約解除が認められている。
これを法定地上権の地代額確定訴訟の場面に類推すれば、まず、原則として法定地上権の地代額が判決で確定されるまでの間は、地上権者が、相当と認める地代額を供託しているときに限って、法定地上権の消滅請求の原因となる地代不払には該当しないといえる。
しかし、そもそも地上権者に地代支払意思が欠如しているなど諸般の事情から信頼関係が破壊されている場合には、法定地上権の地代額が判決で確定されるまでの間であっても法定地上権の消滅請求は認められるといえる。
本件の被告は、原告の本訴提起まで地代の供託も一切せず、当初から地代不払の確定的意思を有していたのであり、明らかに信頼関係を破壊するに足りる事情が存するので、原告の請求は認容されるべきである。
第三 争点に対する判断
一 原告主張の法定地上権の消滅原因の有無につき判断する。
1 前記争いのない事実に、<書証番号略>、原告本人(第一、第二回)、被告代表者各尋問の結果を総合すると、以下の事実を認めることができる。
(1) 原告は、昭和五八年に本件土地及び本件建物を購入し、本件建物を青果店及び住居として利用していたが、昭和六一年ころ、営業不振などからそれまでの借入金の返済の目途が立たなくなり、夜逃げ同然に青森に転居し、以後、平成四年ころまで青森県内の住居を転々としていた。原告は、本件建物及び本件土地とも人手に渡ったものと思っていたが、平成二年八月ころ、本件土地について固定資産税の支払の催告を受けたことから、本件土地は依然自己の所有であることを知った。
(2) 他方、被告は、原告が本件建物を所有していた当時から同建物の購入を希望していた。このため、本件建物取得に先立つ昭和六二年ころに、被告代理人弁護士に依頼して原告の所在調査を行わせたことがあるが、結局原告の所在確認はできなかった。
被告は、昭和六三年三月一八日、本件建物の競落人である前記株式会社住建ハウジングから、同会社の競落価格である四九〇〇万円に一〇〇〇万円を上乗せした五九〇〇万円で本件建物を購入し、後日改装のうえ、飲食店営業を開始した。
(3) 原告は、本件土地の所有権を喪失していないと認識して以降、本件建物の所有権を取得し地上権者となっていた被告に地代の請求をしようと考え、平成二年から平成三年にかけて被告に数回電話をし、地代額の協議申入及び地代支払請求を行ったが、被告代表者からは、「地主本人かどうか分からないから答える必要がない。」等といった回答を繰り返され、積極的に地代の支払に応ずる意向は示されなかった。
(4) そこで、原告は、平成四年七月二四日付内容証明郵便(同月二七日到達)をもって被告に対し地代額等の協議を申し入れたが、被告からの回答がなかったため、同年八月一四日付内容証明郵便(同月一七日到達)により、地代相当の損害金を一か月一五万円と提示し、その振込先も連絡した。なお、右各郵便の中で原告の住所は明記した。
しかし、被告は、その対応を被告代理人弁護士に任せたのみで、右各通知に対して何らかの回答をした形跡はない。
(5) 原告は、平成五年五月一一日付内容証明郵便において具体的地代額を提示の上協議を申し入れ、次いで、同年八月五日付催告書(同月六日到達)をもって、被告に対し、早急に地代を支払うよう催告をした。
これを知った被告は驚いて直ちに被告代理人弁護士に依頼して、同月一三日付内容証明郵便(同月一四日到達)をもって、これまで原告の所在が判然としなかったため地代を支払うことができなかったが、地代額が決まれば支払う旨の回答を行った。
次いで、原告は、同年九月二日付内容証明郵便(同月三日到達)をもって、被告に対し、昭和六三年三月一八日以降の地代不払、地代額等に関する協議の拒否等を理由に本件土地上の地上権の消滅請求をしたので、被告は、同じく代理人弁護士を通じて平成五年九月一〇日付の内容証明郵便(同月一三日到達)において、一坪五〇〇円が適正地代と考えていることを示し、地上権の消滅請求は無効と主張しつつ、地代額の決定を希望し、決定次第これを支払う旨の回答を行った。
(6) 原告は、同年一二月一八日、被告に対し地代額の確定を求める裁判を提起せずに、本訴を提起した。
(7) 被告は、本訴提起直後の同年一二月二七日に供託を開始し、現在までの供託額は、昭和六三年四月分から平成四年七月分までは一か月当り九七五〇円の五二か月分合計五〇万七〇〇〇円、平成四年八月分から平成六年一二月分までは一か月当り一万六二五〇円の二九か月分合計四七万一二五〇円、平成七年一月分から平成八年二月分までは一か月当り六五〇〇円の一四か月分合計九万一〇〇〇円、以上合計一〇六万九二五〇円(九五か月分、一か月平均約一万一二五五円)である。
2 右認定事実によれば、被告が本件建物を買い受けて本件土地の地上権を取得した当初は、原告自身同土地の所有権を喪失したものと思い、住居も転々としていたことから、被告にとって同土地の所有者が判然としなかったものであって、被告に地代不払の責めを負うべき事由はなかったといえるものの、平成二年から平成三年にかけて原告が被告代表者に電話連絡した際の同人の対応には必ずしも誠実な態度があったとはみられないうえ、平成四年七月以降原告からの内容証明郵便による通知に対しては被告が何らかの回答をしたとの形跡は認められず、ようやく平成五年八月以降に前記のとおりの回答をしたにすぎない。
また、被告が地代の供託を開始したのは、原告が本訴を提起した後であり、右の供託が被告の地上権者としての誠実性を示すものともいえない。
しかしながら、以上のような被告の書面による回答及び供託の経過からすれば、被告が一貫して地代を支払わないとの意思を有していたことが明らかであるとは認められない。
3 ところで、民法二六五条、二六六条によれば、地上権は、必ずしも地代の支払を伴うことを必要とせず、いいかえれば地代は地上権の要素ではないとされるが、地上権者が地代を支払うべきものとされる場合には、所有権者は、同法二六六条一項が準用する同法二七六条により、引続き二年以上の地代の不払を理由として地上権の消滅請求をすることができるものとされている。
しかしながら、本件のように、所有権者たる原告が地代の支払を要求した場合においても、未だ当事者間において地代額が確定していない場合には、地代の不払が直ちに地上権消滅の原因とはならないことはいうまでもない。
そして、法定地上権の地代について当事者の請求により裁判所が定めることを規定した民法三八八条但書の趣旨及び法定地上権の制度目的に照らすと、土地所有権者が、法定地上権を承継取得した地上権者に対し地代を請求する場合においても、所有権者は、まず地上権者と協議をし、協議が整わない場合には地代確定請求訴訟によるべきであって、右の手続をふまずに直ちに法定地上権の消滅請求をすることは許されないと解すべきである。
もっとも、地上権者の地代不払意思が明らかであって、地代確定請求により地代を確定しても支払われる見込みが皆無であるような特段の事情が存する場合には、信義則上所有権者が直ちに地上権の消滅請求をすることができると解する余地はあるが、本件においては、前記のとおり被告において不誠実といわれてもやむをえない行動も少なからず認められるものの、地代不払意思が明らかであったとまでは認められないから、原告が信義則上直ちに本件の法定地上権の消滅請求をすることができる特段の事情があるとはいえない。
したがって、原告の本件地上権消滅請求は許されないものというべきであるから、被告に対し、右消滅請求に基づき本件建物収去・本件土地明渡を求める請求は理由がなく、また、同様の理由から本件仮登記抹消登記手続請求も失当として棄却を免れない。
二 次に、以上の点からすると、本件土地の地代については未だその額が確定しておらず、かつ、原告としてはまず地代額の確定請求訴訟をすべきであると判断されるから、未払地代及び地代相当損害金の支払を求める原告の請求も理由がないことに帰する。
三 よって、原告の請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官大和陽一郎)
別紙物件目録、登記目録<省略>